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【『V』パフォーマー 吉川 泰昭】
彼の名は吉川泰昭さん。『V』に選ばれた唯一の日本人である。

―すごいパフォーマーばかりで、驚きました。

吉川 『V』は日本でいうところの寄席みたいなもの。ひとりひとり癖の強い、光る才能が集まっています。アメリカの国民的番組「アメリカズ・ゴット・タレント」で最終候補に残ったパフォーマーや、ラスベガスでいろんなショーを渡り歩いてここにたどり着いた人もいるんですよ。

―吉川さんがまわしている大きなリングは何ですか。

吉川 2輪のリングが『ラート』、1輪のリングを『シルホイール』と言います。1925年にドイツで生まれた、まだ新しいスポーツです。通常は広い体育館のような場所で行いますが、僕は、パフォーマーとして、このラートを狭い舞台でも操れるように研究してきました。

―日本ではあまり目にしないのですが、なぜラートを?

吉川 偶然なんです。もともと、小学生の頃から、器械体操をやりたいと母に訴えていたのですが、教室が遠くて通えませんでした。母は「周りにあるもので頑張りなさい。経験が貯金されるから」と幼い僕を諭しました。僕は、毎日のように公園に行って木登りや逆上りを練習する日々でした。大学に進学した時、ちょっと身体を動かしたいなと体育館を覗いたら、ゴロゴロとした地響きと共にこのリングが現れました!僕は、「天から貯金おりた!」と感動を。

―­世界選手権出場まで駒を進めたのに、なぜ、パフォーマーに転向を?

吉川 引退した有名選手の演技をみたことがきっかけです。その選手はパフォーマンスとして、ラートを豊かに表現しました。その時、僕は高得点を狙うより、みんなと一緒に楽しむパフォーマーになりたいと思ったのです。その後、「SASUKE」(TBS系列のスポーツ・エンターテインメント番組)に出たことがきっかけで、「マッスルミュージカル」に出演することに。その巡業でラスベガスに訪れたんです。

―なぜ、ラスベガスに残ろうと決意したのですか。

吉川 ベガスの名だたるショーを見て、世界が変わりました。「ここで勝負してみたい」と。皆に驚かれましたが、残って修業することにしたのです。ローカルシアターで演じていた時、チャンスが訪れました。高名なプロデューサーがやってきて「君、3メートルの円形舞台でやれるか」と聞かれたのです。3メートル円形の舞台はあまりに狭いので、僕が「できない」というと、当時の師匠が僕をおしのけて言いました。「こいつは何でもできる、連れていってくれ」。

―いい仲間に恵まれたんですね。

吉川 そうですね。それ以後、誰かに僕は何かを聞かれても「できない」とは言いません(笑)。僕は努力家であったとは言い切れないけれど、自分の思い描くものに対して、それを信じ、突き進んできました。でも、この世界には、実力だけではどうしようもない部分があります。ラスベガスに残って、いろんな仲間が助けてくれた。中でも、「絶対できないって言うなよ」という師匠のコトバは今でもパフォーマーの原点になっています。

 

 

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